もの忘れが増えたと感じたとき、単なる年齢のせいなのか、軽度認知障害(MCI)が影響しているのか、判断に迷う人は少なくありません。本記事では、本人や家族が見逃しやすい変化のサインや、状態を確かめるための検査についても解説していきます。
軽度認知症かも?認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)とは
近年、軽度認知障害という言葉を見聞きする機会が増えていますが、実際にどのような状態を表すのか、詳しく知らない人もいるでしょう。特徴や原因、よく似た症状との違いを、わかりやすく解説します。
軽度認知障害(MCI)の定義
軽度認知障害(MCI)は、健康な状態と認知症の中間にあたる段階を指します。記憶力などの認知機能にわずかな低下が見られるものの、身の回りのことや家事などは一人でおこなうことができ、日常生活に大きな支障はありません。
同年代の人と比べて、認知機能が少し衰えてきたと感じる段階です。軽度認知障害は、適切な対策をおこなうことで、健康な状態に戻る可能性がある点が大きな特徴といえます。
軽度認知障害(MCI)の原因
軽度認知障害が起こる背景には、さまざまな要因がかかわっています。代表的な要因として、脳内に特定のタンパク質が蓄積し始めるアルツハイマー病の初期段階が挙げられます。
また、糖尿病や高血圧といった生活習慣病による血管のトラブルが、脳の働きに影響を及ぼすこともあるのです。ほかにも、甲状腺機能の低下や特定の栄養素の不足、薬の副作用などが重なる場合もあります。
認知症との違い
軽度認知障害と認知症の大きな違いは、自立した生活を送れるかどうかにあります。
認知症は、認知機能の低下によって金銭管理や食事の用意などが難しくなり、社会生活に支障が出る状態です。一方で軽度認知障害は、新しいことを覚えるのが苦手になるなどの変化はあっても、基本的には自分の力で生活を営むことができます。
また、認知症は元の状態に戻ることが難しいのが一般的ですが、軽度認知障害は適切な運動や食事の工夫によって、健康なレベルまで回復する可能性があるという点も異なります。
加齢によるもの忘れとの違い
加齢によるもの忘れは、体験したことの一部を忘れる現象です。たとえば、朝食の献立が思い出せなくても、食べたこと自体は覚えています。軽度認知障害では、認知機能の低下が年相応の範囲を超えて進んでいる点が特徴です。加齢によるもの忘れは自覚があり進行も緩やかですが、軽度認知障害は本人より周囲が変化に気づくことが多く、判断力などの衰えが徐々に目立つようになります。
軽度認知障害(MCI)の初期症状チェックリスト
軽度認知障害のサインは、もの忘れだけにとどまりません。日々の行動や気持ちの面にも、少しずつ変化が表れることがあります。本人が気づきにくい場合でも、周囲が違和感を覚えるケースは少なくありません。日常のさまざまな場面に表れる変化を見ていきましょう。
記憶に関する症状
物忘れの頻度が増えることは、軽度認知障害の代表的なサインのひとつです。加齢によるもの忘れとは異なり、体験したこと自体を忘れてしまうことがあります。ヒントがあっても、思い出せないケースも見られます。
- 同じことを何度もたずねる
- 約束の日時を忘れてしまう
- 前日の食事内容が思い出せない
- 物の名前が出にくくなる
- メモを頼ることが明らかに増えた
日常生活・行動に関する症状
日常生活は自立していますが、物事の手順を考えたり、細部に気を配ったりする場面で変化が見られるようになります。以前はスムーズにできていたことが、少し時間を要したり工夫が必要になったりします。
- 新しい家電の操作に時間がかかる
- 料理の味付けが変わったり、同じ献立が続いたりする
- 冷蔵庫の中に期限切れの食品が増える
- よく知っている道で迷うことがある
- 部屋の整理整頓に時間がかかるようになる
性格・意欲に関する症状
軽度認知障害では、心の状態や意欲にも変化が現れます。以前は熱心だった趣味や外出に対し、少し消極的になることがあります。性格の面では、怒りっぽくなったり不安を感じやすくなったりする傾向もみられるのです。
- 趣味や外出に対して消極的になる
- テレビ番組などへの興味が薄れる
- 以前より怒りっぽさや不安が目立つ
- 身だしなみに気をつかわなくなる
- 全体的に意欲が低下して見える
軽度認知障害(MCI)が疑われるときにおこなう検査
もの忘れの症状が気になったとき、専門の医療機関ではいくつかの方法を組み合わせながら、脳や体の状態を多角的に確認していきます。以下より詳しい検査内容を解説しましょう。
問診
問診では、専門医が現在の様子を詳しく確認します。いつ頃から症状が出始めたか、最近のもの忘れの様子や日常の困りごとを丁寧に聞き取ります。同じ話を繰り返す頻度や、物を置いた場所がわからなくなるといった具体的なエピソードも確認の対象です。
本人が感じている記憶力の違和感や、日常生活における判断力の変化を把握するための聞き取りとなります。問診で得られた情報は、現在の状態が年齢相応のものか、認知機能の低下が起きているのかを見極める指標です。
神経心理学検査
神経心理学検査では、質問への回答や簡単なテストを通じて、脳の働きを数値によって客観的に評価します。代表的な検査に、長谷川式スケールやミニメンタルステート検査(MMSE)があります。
言葉の復唱や計算、図形の描写といったテストをおこない、脳のどの部分の機能に変化が生じているかを分析するものです。テスト結果をもとに認知機能の状態を確認し、年齢相応の範囲内か、支援が必要な状態かを判別します。
脳画像検査
脳画像検査によって、脳の構造や働きを詳しく調べていきます。
MRI検査では脳全体の形状を撮影し、記憶に関わる海馬という部分に変化がないかなど、目に見える構造を詳しく確認します。MRI検査が難しい場合はCT検査を用いて、脳の構造に大きな変化がないかを調べることも可能です。また、PET-CT検査では脳のエネルギー代謝の状態を画像化でき、得られた情報を多角的に分析できます。
脳画像検査を組み合わせることで、早期の小さな変化を捉え、現在の症状がほかの原因によるものかどうかも見極めていきます。
MCIスクリーニング検査
MCIスクリーニング検査では、少量の採血のみで、アルツハイマー病の前段階である軽度認知障害のリスクを判定します。脳内の老廃物を排出する機能や、血管の健康状態にかかわる特定のタンパク質を測定する検査です。
分析結果はリスクに応じてAからDの4段階で評価され、今の脳の状態を科学的な根拠に基づいて把握できます。早い段階から自身の状態を知ることで、食事や運動といった生活習慣の見直しなど、将来に向けた具体的な指針を立てることに役立ちます。
血液検査
血液検査では、体全体の健康状態を把握し、認知機能に影響を与えるほかの原因がないかを詳しく調べます。具体的には、ビタミン不足や甲状腺の機能に異常がないか、糖尿病などの生活習慣病の状態を確認します。
適切な対応によって改善が期待できるため、血液データを多角的に分析することが大切です。もの忘れなどの症状が身体的な不調によって生じていないかを、ほかの検査結果とあわせて確認し、原因を明らかにすることで、適切な治療につなげます。
軽度認知障害(MCI)は治る?回復の可能性と進行を遅らせる方法
軽度認知障害は、必ずしも認知症へ進んでいくわけではなく、毎日の過ごし方次第で状態が良い方向へ変化していく可能性があります。早めに気づき、日々の暮らし方を見直し始めることが、今後の生活を考えるうえで大切な一歩になるでしょう。
軽度認知障害(MCI)からの回復の可能性
軽度認知障害は、生活習慣の見直しなど適切な対策をおこなうことで、健常な状態へ戻れる可能性がある段階として広く知られています。
軽度認知障害と診断された人のうち、1年間で約16%から41%が正常なレベルに回復したと報告されています。早めに自身の状態を把握し、日常生活の中で工夫を重ねていくことが大切です。
軽度認知障害(MCI)の進行を遅らせる5つのポイント
毎日の暮らしのなかには、脳の健康を守るヒントが隠れています。特別な準備は必要なく、小さな心がけの積み重ねが力になります。今日から取り入れられるポイントを、5つの視点にわけて紹介します。
①生活習慣病の対策をする
糖尿病や高血圧、肥満といった生活習慣病は、将来的な認知機能の低下に深くかかわることがわかっています。生活習慣病をきちんと管理することは、軽度認知障害の進行を遅らせるうえで欠かせないポイントです。
特に中年期からの血圧管理や血糖値のコントロールは、脳の健康を維持するために大きな役割を果たします。すでに治療を受けている場合は、かかりつけの医師と相談しながら治療を継続することが望ましいです。
②食生活や嗜好品を見直す
脳の健康を維持するには、毎日の食生活を見直すことが効果的です。栄養バランスの取れた食事を基本とし、主食、主菜、副菜を揃えてさまざまな食品を摂取することを心がけます。肥満の原因となる食べ過ぎや、塩分・糖分の摂り過ぎにも注意が必要です。3食きちんと食べて適切な体重を保つことが、進行を遅らせる助けになります。
また、過度な飲酒や喫煙を控えることも大切です。アルコールやタバコは脳の血管に影響を及ぼす可能性があるため、できるだけ早めに習慣を見直すことをおすすめします。
③適度な運動をおこなう
適度な運動を習慣にすることは、脳の血流量を増やして神経細胞を活性化させることにつながります。ウォーキングや水泳などの有酸素運動を週に3日以上、継続しておこなうのが理想的です。さらに、足踏みをしながら数を数えるといった、運動と頭の体操を組み合わせた「コグニサイズ」に挑戦するのも良い方法です。コグニサイズは記憶力の維持や脳の健康に良い影響を与えることが報告されています。
④社会とのかかわりを持つ
他者との交流や社会的な活動への参加は、脳にとって良い刺激になります。友人との会食や地域の集まり、趣味のグループなどに参加し、他者と過ごす時間を増やしましょう。会話を通じて相手の感情を読み取ったり、状況を理解したりすることは、高度な脳の機能を使います。
ボランティア活動などで役割を持つことも、生活の質を高め、症状の進行を緩やかにするために大切です。電話やメールでのやり取りも、つながりを保つ手段として役立ちます。日頃から周囲との関係を大切にすることをおすすめします。
⑤脳を使う習慣をつくる
日常生活の中で意識的に脳を使う習慣を持つことは、認知機能の維持に役立ちます。読書やパズル、楽器の演奏、囲碁などのボードゲームは、頭を使う余暇活動としておすすめです。特に週に6時間程度、読書やパズルなどの活動に取り組むと、認知機能の低下をゆるやかにする効果が期待できるという報告もあります。
新しいことに挑戦したり、日々の出来事を日記に記録したりすることも、脳を活性化させる方法のひとつです。自分が楽しいと感じる活動を選び、ストレスを感じない範囲で積極的に知的な刺激を取り入れてみましょう。
軽度認知障害(MCI)と診断された場合の治療方法
軽度認知障害(MCI)は、早い段階から適切に向き合うことで、日々の暮らしに前向きな変化が期待できます。診断された場合の医療機関でおこなわれる治療方法や、本人や家族が無理なく取り組める対策について順に解説します。
薬物療法
アルツハイマー病が背景にある軽度認知障害では、脳内に蓄積したアミロイドβというタンパク質を取り除く新しい点滴薬が選択肢となります。脳内の原因物質を減らし、病気の進行を緩やかにする治療法です。事前に詳しい検査をおこない、治療が適しているかを確認したうえで、数週間に一度のペースで点滴による治療をおこないます。
また、ビタミン不足やホルモンの異常が原因であれば、不足した栄養やホルモンを調整する薬で改善を図ります。さらに、高血圧や糖尿病などの持病を薬で適切に管理することは、脳の健康を保つための基本的な取り組みとして重要です。不安や不眠といった症状がある場合には、症状を和らげる薬を検討することもあります。
非薬物療法
中年期は適正体重を維持し、高齢期はやせすぎを防ぐことが、将来のリスク低減に役立ちます。栄養が不足すると脳の働きに影響することがあるため、1日3食バランスよく食べることが基本です。
喫煙は発症リスクを高めるため、禁煙を心がけましょう。飲酒は脳の萎縮を防ぐために、適量を守ることが大切です。目安はアルコール換算で週75g以下にとどめ、日本酒なら3.5合、ビール500mL缶なら3.5本程度にあたります。
睡眠時間は長さのバランスが大切で、規則正しく5時間から7時間程度の質の良い睡眠をとるようにしましょう。読書や楽器演奏などの知的活動は脳を活性化させ、機能の維持に役立つため、楽しみながら続けることが大切です。
軽度認知障害(MCI)にまつわるよくある質問
軽度認知障害について知るほど、実際の受診や日々の生活について、気になることが出てくるものです。多くの人が抱きやすい疑問を、ひとつずつ取り上げながらわかりやすく解説していきます。
気になるときは何科を受診すべき?
もの忘れが気になるときは、専門の「もの忘れ外来」が設置されている病院やクリニックを受診するのが適しています。まずは、日頃から自身の健康状態を把握しているかかりつけ医に相談し、専門の医療機関を紹介してもらう方法も有効です。
都道府県に指定された認知症疾患医療センターのような専門施設であれば、詳しい検査や診断を受けられます。また、脳ドックなどの検診を行っている施設で脳の健康状態を詳しくチェックしてもらうことも、早期発見のための選択肢となります。自分に合った方法で、専門家に相談してみましょう。
治療や対策をせず放置するとどうなる?
何も対策をせずに放置すると、1年間で約5%から15%の割合で認知症へ進行すると報告されています。しかし、早期から食事の改善や運動などの対策をおこなえば、認知機能が年相応の正常なレベルまで回復する可能性も期待できるのです。
生活習慣病や睡眠不足などを放置すると脳の機能低下を招き、認知症への進行スピードを早める可能性があります。早い段階で適切な脳のトレーニングを取り入れることで、認知機能の維持や低下の速度を遅らせることが研究によって示されています。
軽度認知障害(MCI)になったら運転免許は取り消される?
現在の法律では、軽度認知障害と診断されただけで直ちに運転免許が取り消されることはありません。免許の取り消し対象となるのは、医師によって認知症と診断された場合です。
軽度認知障害と診断された場合は、原則として半年後を目安に再検査や診断書の提出が求められます。自身の判断力の変化を確認しながら、検査後の状況に応じた対応を検討することが大切です。医師や警察の窓口に相談し、免許の自主返納を検討することも大切な選択肢のひとつです。
まとめ
もの忘れが増えたと感じたとき、加齢による自然な変化なのか、軽度認知障害(MCI)のサインなのか、見分けるのは容易ではありません。軽度認知障害は認知症の前段階とされ、記憶力や意欲に小さな変化が現れる一方、日常生活は自分の力で送ることができます。
軽度認知障害かどうかを確かめる方法として、問診や神経心理学検査に加え、少量の採血でリスクを調べられるMCIスクリーニング検査も選択肢のひとつです。早い段階で気づき、食生活の見直しや運動、社会とのつながりを大切にすることで、脳を健やかに保てる可能性が広がります。
もの忘れが気になるときは、一人で抱え込まず、健診の機会を活かして脳の状態を確かめてみましょう。