井上 晴洋
HARUHIRO INOUE

昭和大学 江東豊洲病院 消化器センター
センター長・教授

日本人に多い胃がん・大腸がんは
無症状のうちにリスクを知って検査をしておけば怖くない

目次

    消化器がんは初期には症状がありません

    胃がんや大腸がんの患者さんは、あなたの身近にも
    きっといらっしゃることでしょう。

    胃がんは日本人のがんの罹患数(1年間に初めて診断された患者さん)患者数の第3位(2019年)、死亡数の第3位(2021年)で、日本人には多いがんの1つです。
    胃がんの主な原因は、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)の感染であることが1990年代以降に明らかになり、ピロリ菌を殺す抗生剤を服用して除菌すると胃がんのリスクを下げられることがわかってきました。これにより、現在胃がんの患者さんの死亡数は徐々に減少しています。

    このように胃がんの診断や治療は大きく進歩しており、人間ドックや健康診断の目的は胃がんの早期発見だけでなく、予防にシフトしています。その鍵となっているのが胃カメラ(上部消化管内視鏡)による検査です。

    胃カメラでは胃がん以外にもいろいろなことが発見できます

    胃がんは早期には全くの無症状です。だからこそ人間ドックで定期的に調べる意義があるのです。胃カメラによる検査を受けておけば、胃がんだけでなく、胃がんにつながりやすい胃潰瘍や十二指腸潰瘍の有無もわかります。また、胃粘膜に瘢痕のような萎縮性胃炎が見られれば、ピロリ菌感染が疑われ、さらに詳しい検査を追加することもできます。

    胃カメラによる検査では食道を観ることができるのもメリットです。食道がんは発見されにくく、進行すると治療をしても食道の機能が落ち、摂食や発声に影響することもしばしばです。また、胃酸が食道に逆流して炎症を起こす逆流性食道炎、食道の動きが悪い食道アカラシアなど食道がんの引き金になる病気の発見にもつながります。

    苦痛がないだけでなく、むしろ快適な検査を目指しています

    胃カメラの検査は「苦しそう」「気持ち悪い」とおっしゃる方が多いのですが、それでは定期的に受ける意欲が下がってしまいますよね。ですから、私たちは効きがよく覚めやすい麻酔薬を使い、苦痛がないだけでなく、むしろ快適な検査を目指しています。検査後、覚醒するまでの間は別室で休んでいただきます。

    近年、日本人に増え続けている大腸がんも早期発見は可能

    大腸がんは現在、日本人のがんの罹患数のトップ(2019年)、死亡数の第2位(2021年)です。近年、患者が増えている疾患のひとつです。大腸がんも胃がんと同じく、初期には症状はありません。しかし、2回の便潜血検査に加え、大腸カメラ(下部消化管内視鏡)検査で大腸の中を調べることで、早期発見が可能です。

    50代になったら定期的なカメラ検査を受けておくと安心です

    50代になったら人間ドックで胃カメラ検査は年1回、大腸カメラ検査は2〜4年に1回を目安に受けておくと安心です。特に血縁者に胃がんや大腸がん、胃潰瘍など消化器の病気の経験者がいらっしゃったら、遺伝的に病気になりやすい傾向があるかもしれないと考えられます。人間ドックを上手に活用していただければと思います。

    ただ、生命に危険が及んだり生活の質を大きく下げたりする病気は、なにも消化器の病気だけではありません。全身の病気の有無を、1つの検査ですべて把握することは不可能です。今の健康状態を総合的に知るためにも、人間ドックで幅広い検査を受けておくことは有用です。人間ドックは日々を安心して過ごすための投資と考えていただきたいですね。

    <連携医師紹介>
    消化器センターで、患者さんにとって最適な治療法を検討

    「消化器治療において低侵襲治療を追求したい」と考え、外科と同時に内科的アプローチも経験

    私は小学生のときに父を胃がんの外科手術で亡くしました。当時の父の主治医に医師になることを勧められ、手先が器用であったことから外科医になりました。

    研修医時代から外科と同時に内科医が行う内視鏡治療も学びました。消化器についてもっと知りたい、得意分野を増やしたいという思いとともに、患者さんにとっては外科手術よりも体への負担が少ない内視鏡治療がいずれは主流になるのではないかという考えもありました。そして、大学病院などで内科と外科、両方の臨床経験を積みました。

    外科医と内科医が治療の選択肢を一緒に検討する消化器センターを立上げ

    2014年、消化管の病気を外科医と内科医が一緒に診られる消化器センターの設立を条件に私は江東豊洲病院に異動しました。医師はどうしても自分の専門性や所属する診療科からの視点で診断し、治療方針を立てる傾向があります。しかし、当センターでは外科や内科を問わず、消化器全般の病気のすべての治療法に対応できることをモットーにしています。

    例えば胃がんや大腸がんであれば、患者さんにとって最も適切な治療は何か、という観点で内科医と外科医が協議して治療方針を決定しています。このスタイルは多くの医師の支持を集め、8年前に23名ほどであった医局員が現在は67名まで増えました。外科医が「この患者さんは内視鏡治療の方が向くかも」、内科医が「外科手術の方が良いかも」と意見を言い合う姿を見られるのはうれしいですね。議論の中心は常に「患者さんにとってベストは何か」です。

    「病気がない」ことを確信もって伝えるために、検査に真摯に向き合う

    私自身、消化器センターが実施する人間ドックや健康診断の上部消化管内視鏡検査を今も担当しています。ご自身の健康維持のために費用を払ってきてくださる患者さんに対し、「病気がない」ということを確信を持ってお伝えするのは、医師にとってある意味勇気がいることなのです。ですから日々、真摯に検査に向き合っています。人間ドックの内視鏡検査は、医師にとっても患者さんにとっても非常に有益で重要なプロセスだと考えています。

    PROFILE

    1983年山口大学医学部卒業後、東京医科歯科大学第一外科、都立広尾病院心臓血管外科、米国南カリフォルニア大学(USC)外科等を経て、2002年昭和大学横浜市北部病院消化器センター准教授に就任。2009年同大学医学部教授、国際消化器内視鏡研修センター(SUITE)、昭和大学横浜市北部病院消化器センター兼任。2014年昭和大学江東豊洲病院消化器センター長・教授。米国消化器内視鏡学会(ASGE: American Society of Gastrointestinal Endoscopy)のCrystal awardを2回受賞。2022年米国内視鏡外科学会(SAGES: Society of American Gastrointestinal and Endoscopic Surgeons)の最高賞“SAGES George Berci Lifetime Achievement Award”をアジアから初めて受賞。

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